
小島慶子 × シック・ジャパン担当者
多様性について、多くの人が向き合うようになったいま。美しさの定義は人それぞれです。体毛にも同じように言えることだけど、そうは言っても「ツルツルした肌こそ美しい!」「体毛はない方がいい!」という価値観も根強い…。
そんな価値観の過渡期にシック・ジャパンがはじめた「自分にとって心地いいスタイルを誰もが見つけられるように」という思いが詰まった「毛について、話そう。#BodyHairPositive」プロジェクト。
今回は本プロジェクトに賛同してくださった小島慶子さんをゲストにお呼びして、シック・ジャパン担当者とともに、からだにまつわる「駄言」に物申す!体毛への向き合い方、多様性への向き合い方を考えます。

エッセイスト、タレント、東京大学大学院情報学環客員研究員
1972年 オーストラリア生まれ。学習院大学法学部政治学科卒業後、1995年にTBSに入社。アナウンサーとしてテレビ、ラジオに出演。1999年 第36回ギャラクシーDJパーソナリティー賞を受賞。2010年に独立後メディア出演、執筆・講演活動を精力的に行う。『日経xwoman ARIA』『AERA』など連載多数。2014年より、オーストラリア・パースに教育移住。自身は日本に仕事のベースを置いて、日豪を行き来している。
新刊『おっさん社会が生きづらい』(PHP新書)
心を打つ「名言」があるように、心をくじく「駄言」(だげん)もあります。駄言には無意識の思いこみ、特に、性別のステレオタイプによるものが多くみられます。これは、そんな滅びるべき駄言を集めた辞典です。SNSなどを通じて集まった約1200の駄言をもとに本を作りました。「駄言はなぜ生まれるか」「駄言を言われたら…」「駄言を言ってしまったら…」など、駄言と向き合うためのヒントに満ちた一冊です。
https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/21/282890/
「慶子はずいぶん毛が生えてるなあ」は忘れられない父の駄言
なかなか体毛について話す機会ってないですよね。
小島 実は一昨年過労で倒れて、数日間入院したんです。コロナ禍で家族とずっと離れ離れで日本の病院に一人ぼっちだったんですが、入院中はうぶ毛の処理もできなくて。その時、オーストラリアの息子たちに「私はいつも腕と脚の毛を剃っているので、もし将来長期入院することがあったら、君たちが見たことのないうぶ毛がフワフワなママになっちゃうと思う。その時はどうか驚かないでね」と伝えました。息子たちは「そんなこと気にしないよ!毛があってもなくてもママはママだよ」って笑っていました。そのとき、はじめて自分のなかに「体毛を剃っていないと否定的に見られるのでは」という不安や呪縛みたいなものがあることに気づいたんです。

呪縛…もしかしたら読者のみなさんにも、気づいていないだけで、「剃らなければ」という先入観があるかもしれませんね。そういった呪縛の根底には何があるのか、探っていきたいと思います。実際におふたりが体験された「体毛にまつわる駄言」についてお聞かせください。
小島 小学校6年生くらいのとき、家族で訪れたファミレスで、父が私の腕を見て「慶子の腕にはずいぶん毛が生えてるなぁ」って言ったんです。悪気はなかったと思うんですが、「女の子なのに」というニュアンスを感じ取って、急に自分の体毛が恥ずかしく思えて。それをきっかけに、友達の腕や脚と見比べて「私って毛深いかも」とか「ない方が素敵なのかな?」と、体毛を意識するようになりました。

シック 私も叔父からのひとことなのですが(笑)。小学校低学年くらいのときに、「ひげ生えてるぞ」とうぶ毛を指摘されて。きっと叔父にとっては何気ないひとことなのですが、「私にひげ…?これからどんどん濃くなったらどうしよう」なんて不安に思えて。
小島 ショックですよね。当時は言語化できていませんでしたが、「女性は男性の眼差しによってジャッジされるからだを持っている」と気付かされた体験だったと思います。いつどこで品定めをされているか…と、他人の視線が怖くなりました。
シック 私も叔父が持っていた「女の子なのに」という価値観が言語外で伝わってきて。今でも鮮明に覚えているシーンです。
そういった何気ない駄言によって、「女性は毛をツルツルに剃るものだ」という固定観念を植えつけられていくんですよね。
小島 あと、ギャグ漫画やコント番組の影響も大きいと思います。笑い物になる女性は、鼻毛が出ていたり、眉毛がつながっていたり。女性に目立つ毛があるということが、嘲笑の的になることを、私たちは繰り返し見ることによって学習してしまう。
知らず知らずのうちに、そういった価値観が染み込んでいくんですね。
駄言はほかにも。
「毛深いね」が生む呪縛
女性のからだは所有されるモノ!?
書籍『早く絶版になってほしい#駄言辞典』では、からだにまつわる駄言として「彼女には女の子らしくしてほしい」「女の子がそんなに太っちゃだめだよ」、さらには「お前のからだは俺のものだろ」なんて衝撃的なものも紹介しています。
小島 まるで女性が男性の持ち物のように扱われる問題は深刻ですよね。子どもの頃、わたしと母が喧嘩しているときに、よく父が「慶子、ママをいじめないでよ。“パパの”ママなんだから」って言ってたんです。ママは誰のものでもないよ?って、すごく抵抗を覚えました。「娘さんを僕にください!」なんてフレーズもそうですが、いまだに世の中にはそういう言葉が残っていて、無意識のうちに使ってしまう。でも人は誰の所有物でもないし、自分のからだのことは、自分が決めていいんです。それは体毛も同じ。
「女性はすみずみまでお手入れが行き届いているべきだ」というプレッシャーがかかっている気がします。いまお子さんでも脱毛をされる方がいるんですよね?
シック そうなんです。先日、小学生と親御さん向けに体毛にまつわるアンケートを実施したところ、「毛深いね」とお友達から言われたことがあると回答する子がちらほら。親御さんも、そういったことを言われないようにと先回りして、脱毛や剃毛をお子さんに提案される方もいらっしゃるようで。
小島 「他人に何か言われないように毛を剃ろう!」ではなく、「人のからだについてとやかく言うことが間違っているんだよ」って子どもたちに教えてあげられるといいですよね。

親御さんからすると、愛あっての先回りだと思いますけどね。
温泉で感じた「いったいわたしの毛は誰のものなんだろう」
小島さんのお子さんはオーストラリアにお住まいということですが、現地の体毛事情について教えていただけますか?

小島 オーストラリアは人種や民族、宗教もいろいろな人が暮らしているので、毛質や毛色が多様ですし、お手入れの習慣もさまざま。20歳と17歳になる息子たちに聞いてみたら、腕の毛をそのままにしている女の子も多いそうです。男の子がVの部位を整えるのはよくあることだとか。スーパーの棚には、シェーバーやワックスなどがたくさん売っています。
きれいなビーチが身近にあることも影響していそうですね。小島さんはよくビーチに行かれるんですか?
小島 オーストラリアは隙あらば海に入ってやろう!という人が多いのですが、私もよくビーチに行くようになりました。そこで毛をどうするかについて考えたんですよね。いまは海を堪能できるように、毛のことを忘れていられる状態にしています。同じ人間でも、生活環境や趣味が変わると、それに合わせて心地いいデザインって変わると思うんです。
日本だと温泉文化がありますね。
シック 温泉は逆なんですよね。ツルツルにしていると目立ってしまうというか…。
小島 わたしそれでエッセイ1本書きました(笑)。将来介護士さんにお世話になる場合のことを考えて、清潔にしやすいようにVIOの毛量をせっせと減らしていたんですが、温泉に行ったとき「まずい!みなさんを驚かせてしまうかも!」と思って(笑)。必死に見せないようにしながら、「いったいわたしの毛は誰のものなんだろう?」という気持ちになりました。
シック まさにそうですよね!いったい誰のために毛を剃るのか。
小島 小さいころ、正解はひとつだと思っていましたが、そのときの状況によってわたしが決めていいんですよね。いま、あえて毛を剃っていない脇をSNSにアップする女性のセレブリティもいますよね。毛があるのは自然なこと。それを「みっともない、はしたない」などとジャッジするのはもうやめようと。そのうち水着から毛が出ていても気にしない、という人も現れるかも。「性的な部位の毛は他人に見せるべきでない」という規範もわかりますが、なぜ水着からはみ出すのはダメで温泉では見せていいのかなど、考えると興味深いですね。
体毛駄言が生まれる背景にある
「画一的な美しさ」
どうして駄言って生まれてしまうんでしょう。
小島 メディアで提示されてきた「見た目の美」が画一的であったことの影響は大きいですよね。でも最近の動きとして、美しさの基準をひとつに絞るのではなく、ありのままの体を讃えようという動きがあります。とても大事なことですね。私は、さらにその先に「“美”はそんなに偉いのか!?」っていう問いがあっていいと思う。“視覚的な美”以外にも、人間の魅力はたくさんあります。美しくないといけないなんて息苦しい。
たしかに。見た目の美しいって、たくさんある価値のひとつに過ぎないですよね。
小島 腕に毛があるかないかは自分で選んでいいし、「毛がある腕も美しい」と主張しなくてもよくなるといいなと思います。他人の評価を気にしないで、自分が心地いいと思うあり方を大事にできるといいですね。わたし自身も、なるべく他人をジャッジしないように気をつけています。
シック まさに私たちとしても選ぶ楽しさをお伝えしていきたいと考え、活動しているところです。「私らしさが、美しさ。」というテーマのものと、気分や目的にあわせて脱毛したり、剃ったり、残したり。人の目や「こうあるべき」という固定観念を気にするのではなく、自分にとっての「美」を楽しむことこそが、何より美しいということを唱えています。

「いま自分が言おうとしていることは駄言にならないかな?」っていったん止まってみるのが大事ですよね。
小島 その繰り返しです。ひとのからだについて良し悪しを言ってしまいそうになったときに、「その視点っておかしくないかな」って自問することが第一歩ですね。
「毛について、話そう。#BodyHairPositive」で目指す
駄言のない社会
#BodyHairPositiveの考え方がもっと社会に浸透するといいですね。
小島 いまはSNSなどで「見る・見られる」ことを強く意識せざるを得ないですから、眼差しに自覚的であることは大事ですよね。自分が慣れ親しんでいない毛のありように出会うことってあると思うんです。たとえば、眉毛が繋がっていることが自然で美しいとされる文化もあります。異なる価値観に触れてびっくりしたときに「どうしていま違和感を抱いたんだろう」って自問してみる。そうすると固定観念に気付くことができるし、視野を広げられると思うんです。

シック 出発点は「毛」だったとしても、そこで得た気づきって、ほかのトピックにも活かせると思うんですよね。「人はそれぞれ違う」ということが当然になると、結果自分が生きやすくなる。「毛について、話そう。#BodyHairPositive」が、そんなきっかけになるとうれしいです。
小島 わたし、こどもたちには「人体リスペクト」を大切にしてほしいなって思っているんです。お互いのからだを尊重して、他人のからだについてとやかく言わない。そういう感覚が、こどもたちにも広まっていくといいですよね。
シック 昨年、小学校へお邪魔して「からだの毛」について学ぶ出張授業をやらせていただいたんです。そこでは、こどもたちに「からだに毛が生えることや、毛を剃ることは恥ずかしいことではなく自然なこと。もっと毛を好きになり、自分にとって心地よい毛のスタイルをぜひ見つけてください。」とお伝えしました。多様な価値観を知ってもらうことで、「自分らしさ」を考えるきっかけになるといいなと思います。
体毛に向き合う読者にメッセージ
小島 いまのお手入れツールってこんなに進化しているんですね!種類も豊富で、ワクワクしてきました。読者のみなさんも、自分の心地いいあり方を見つけて、まずはケアを楽しんでみてくださいね。
シック 楽しくがいちばん!「毛について、話そう。#BodyHairPositive」が、自分のからだのこと、自分の毛のスタイルについて前向きに内省して、周りの人と話すきっかけになったらうれしいです。

カーディガン53,000円(クイリシア)
ワンピース 46,200円(サンドロ フェローネ)
問い合わせ: チェルキ 03-6418-6779
ピアス 24,200円 ネックレス(大)121,000円(小)41,800円
バングル 41,800円(すべて ブランイリス)
問い合わせ:ブランイリス トーキョー 03-6434-0210